なんでも良しとしとくれよ。

そういうことです。

犬の記録 2

9月25日(日)

前日、母は「弟を駅まで送り仕事へ行くので、8時には家を出る」と言っていた。8時に玄関のドアが閉まる音が聞こえて、目が覚めた。リビングに行くと、ルナは昨日寝ていた姿のまま自分のベッドに横たわり、いつもの定位置である窓際に移動させられ眠っていた。父がルナの前に座り愛でていた。深夜に一緒にいた時より呼吸が早く浅くなっており、なんとなく察した。私は仕事で、ギリギリまで粘っても11時50分には家を出なければいけなくて、行きたくないと思いながら身支度を整えて、荷物をまとめながらルナの様子を見た。私が帰ってくるのは早くても19時半、その時までルナが待っていてくれるとは思えなかった。たくさん見つめ、撫でて、ブラシで毛をとかしたり、シャンプー代わりのシートで体を拭いて、手を握っていた。

そのうちルナは口をうっすら開け、変な呼吸をし始めた。昨日の夜中に弟と出くわした症状に似ていた。首の角度を変えたら呼吸をしやすくなった様子で静かになったけれど、今日は少し違った。舌がだらんと横から出ていた。声を漏らしながら苦しそうにし始め、ソファでのんびりしていた父が寄ってきて、「どいて」と私を避けてルナの頭の角度を変えた。それが無駄だということは、ずっと見ていた私には分かっていたので、何もしなかった。早かった呼吸が詰まり、ゆっくりと深く息を吐いた。胸の鼓動が小さく薄くなっていくのが手のひらに伝わってきた。「もうだめだな」と言い父は諦めた。言葉に出すなクソ野郎と思った。犬は死んだ後もしばらく耳が聞こえている。思うのは勝手だ。言葉に出すな。父は名前も呼ばず、ありがとうすら言わなかった。ぽろぽろと泣きながら私は感謝を伝えた。10時半過ぎに、父と私と下の弟が看取った。流れ出た尿や便をささっと片付けて、祖母たちに伝えなければと外に出たら、台風が去って爽やかな青空の日だと気づいた。さんさんと晴れ、涼しい風が吹いていた。あまりにも良い天気で少し笑ってしまって、もし昨日この天気だったら、抱っこしたままルナと外に散歩に出れたのに、と少し憎らしくなった。目の前の大きな金木犀が満開で、強く香っている事に気づいて、祖母の家に行った。祖母と叔母と従兄弟が家に来て、ルナを撫でた。どうやって焼くんだ、と祖母は問いかけて、父は家に来てもらって焼いてもらうと答えた。たった今死んだ大好きな犬の前で、焼き方の話をし出したコイツらへの憎悪で頭の血管が切れそうだった。このデリカシーのなさだけは反面教師にしなければと思った。「私が決める」と言って家を出た。頭を空っぽにして自転車をこいで駅に行き、電車に乗って職場に着いたら不思議な安心感に包まれて少し涙が出た。たまたまその姿を見たおばさまに「仕事どころじゃないでしょ!?」と言われたけれど、仕事をしていた方がよっぽどマシだった。仕事中は集中出来る。意地で涙は出さなかった。帰宅すると、私が考えていた葬式場と父が考えていたのは同じ場所だった様子で、式場はすんなり決まって、翌日の夜に予約を入れた。姉が仕事帰りに会いに来て、少し泣いていた。コロナの影響で葬式には3人しか立ち会えず、父と母と私で行く事にした。

 

9月26日(月)

みんな仕事へ行き、私は休み。朝からルナの亡骸を見つめながら、手紙を書いていた。大きな便箋2枚分にこれでもかとびっしりと愛情をそそいで書いた。読み返すと、ごめんねが少し、ありがとうと大好きをたくさん書いていた。火葬をする際、花、おやつ、エサ、服、手紙などの骨や環境に影響のないものをバスケットに入れられるのだと書いてあったので、手紙を書いた。写真も祭壇に飾れるのでスマホの中を探したけれど、私はいつも人の写真を撮ってばかりで、私とルナのツーショットは全くと言っていいほどなかった。ルナを車に乗せて、母と3人でよく行った公園へ行った。ドアを開けて、風を取り込んだ。コンビニに行き、ネットプリントで写真を印刷した。そのまま宇都宮に向かい、ホームセンターでルナを囲む花を選んで購入。式場に着き駐車場で父を待つ間、ルナを抱き上げてギュッとしていたら、いつの間にか式場のスタッフの方がお店から出てきていた様子で、目があった。ルナと一緒にバスケットに入れたいものを全部預けて、父を待った。

葬儀は人間と同じように進められていった。体をみんなで清め、みんなに名前を呼んでもらえるように名札を書いて、六文銭、守り刀も入れた。手紙、服、おやつとエサ、買ってきた花を入れたら、バスケットはいっぱいになった。お焼香を上げたり、写真を撮ったりして時間を過ごした。肉球のスタンプを色紙に残してくれたり、とっておきたい部分の毛を少しだけカットしてくれたりもした。火葬炉に入っていくルナを見ていたら涙が出た。ちゃんと見届けないと、と目をこらした。ひとりで行かせたくなかった。ただルナの死を通して、今までの自分と少し考え方が変わった節があって、一緒に行きたいとは思わなかった。ひとりでしばらく寂しいと思う、それが可哀想で、ごめんねと思った。骨を入れられる小さなキーホルダーと巾着のセットを買って、しっぽと、小さな歯と、爪を入れた。他は全部骨壷に入れた。頭の骨の形がルナそのもので、ちょっと笑ってしまった。友達はネックレス型のものを買って骨を入れていたけど、ルナは中型犬で骨が大きいので、ネックレス型のものだとほとんど骨が入らないとのことだった。とにかく斎場のスタッフさんが優しく良い方で、本当に有り難かった。骨壷と、祭壇に飾った花を持ち、お弁当を買って帰った。帰ってすぐルナの定位置にテーブルを置いて、骨壷や花、肉球の色紙を飾った。疲れているのに神経がさえており、寝付けなかった。母が撮った唯一の私とルナの写真は、少しボケていた。

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