なんでも良しとしとくれよ。

そういうことです。

ユーモアチャンネルをみる、のまき

いや、今更なんですけど、ニコ生で放送している『R藤本のユーモアチャンネル』を見ています。

ちなみになぜかこの番組、私はコメントができません。理由は謎。有料区間に入るとコメントできるときもある。

 

私はおそらく、結構周りの空気に流されやすい方で

劇場だと周りの笑いにつられて笑ったりもするのだけど

家でスマホでニコ生(画質激ワル)だと、ちょっと引いてみてしまうというか

結構冷静に、言うなれば『笑うぞー』という姿勢では見れない、という事に気づいた。

 

なので、見ていても『すごいなあ』という感心とか、『私バカだからみんなと同じタイミングで笑えないのかなあ(頭の回転が遅い)』とか、そういう感想が多くて

芸人でも何でもないし、ホンワカ見ているだけだと実りがないなーと気付いて

私が笑う回答を出す確率高い人誰だろう?と考えると、矢野号さんだなと気付いた。

乗り出すと勢いがすごい人に感じる。バンバン回答だす。なんかこっちも全部笑っちゃう。隙間に入ってくる。そして本人も楽しそう、っていうのがとても好き。

矢野さんのネタを見るとそこまで大笑いとかはしなくて。ふつうに笑う。

この差はなんなのか、自分ですごく気になる。

あまりニッチな笑いに慣れていない、という部分が大きいのかなあ。

そもそも大喜利とその他のネタって、見る側に必要な想像力の量が違う気もする。

ツッコミ有り無しでもだいぶ違うし。

 

藤本さんの回答もとても好きだし、おもしろいなーというのは分かるのだけれど、『大きな声を出して笑う』までいかないことが多い。ふふふっ、て笑っている。

ベジータのしんちゃんネタも、劇場で見たとき、周りの人ほどは笑わなかった記憶が。

このブログ読んでる人は分かると思うのだけど、私、Rさんとても好きなのですがね。

なんか、好きだからたくさん笑うとか、不思議とそういうのはない。

ギースの高佐さんの回答は優等生さがなんとなくあって、ハブサービスさんは狂気的で答えが結構感覚的で怖い。すごい。

なんかみんな違ったすごさがあるような感じがまた面白い。

ユーモアのセンスが全然違うんだろうなあとも思うし

どんどん分かっていく面白さとかすごさもあるんだろうなあ。すごく感覚的に掴む見方とかも。

私はアホなのでそれが一体いつ掴めるのかまったく見当もつかないけれど

多分劇場で見ていて、私より周りのお客さんたちがよく笑っているのを感じたあたり

大喜利も漫才もコントも、たくさん見て感じてって積み重ねれば、見方や感じ方がわかっていくのかもしれない。矢野号さんの大喜利見に行きたいなー。

 

『いや、面白いところで笑うだけでいいじゃん』って言われてしまうと、それもそうなのだけど

例えば大喜利とかの回答でも、『この人はこの回答で見てる人がどう笑うと思ったんだろう?』と思う時がある。

答える側には、回答を感覚的に書く人もいれば、なにかしらのロジックがある人もいる気がして

笑いが生まれる手前にあるものって、すごく気になるものなのです。

私個人、よく『なんでかわからないけど笑われてること』が多くて

『行動が面白い』『様子がおかしい』『なんでそんな言葉選ぶの?』という感想をもらうことが多い。

自分で分かっていないのです、笑われる手前にある自分の感覚が。

笑わせてる、じゃなく、笑われている。

笑いを生み出している他人を客観的に見て、自分の事が言葉として掴めないものかなぁ、と思う。

まあ…この観察力で掴めるかって、自信ない。一生かかっても謎のままかもですけど…まあほったらかすのは嫌なのです。

本読んだり映画見たりしてもなんかさっぱりなので、もう少し、生身の人間を見なきゃだなーという感じ。

ぼんやり見てるだけじゃ時間の無駄だし。

楽しみながら、お笑いとか自分の事を知って行けるといいなー。