なんでも良しとしとくれよ。

そういうことです。

かぞく

墓に向かい走る車の中で言われた祖母の言葉が、私の頭から離れずにいた。

「お母さんを、おばあちゃんにくれないかね」

言われた時は胸がはじけるように熱くなったのに、ん?という声しか出なかった。

「家にはあんたがいればいい。年寄り二人で暮らしてるからね、お母さんがいてくれたら助かる」

それは、私に聞くことではない。

そう思った後返事に詰まっていたら、母が「それはルルルに聞くことじゃないんじゃないの〜」と茶化してくれた。

家に犬がいるし、父も母も仕事をしている。北海道に離れることは出来ない。

現実的に考えて無理なことではないけれど、生活を移動させる力ははっきり言ってもう今の父と母にはない。

やればできる、体力的には。でも意志がなければ生活は変えられない。そういうものが、我が家の人間は著しく低いことを私は知っている。勿論、私自身がそうであるように。

 

 

 

「眠り姫?」

ふっと目が覚めて、一回伸びをして、肩の寒さに布団を引きずりあげる。

眠り豚の間違い…と呟くと「よく眠るねぇ、また太るよ」と言葉が返ってくる。

薄く目を開けて、来客を見つめる。

「うーん…………どしたの」

「キミは、好きな人とか居ないのかね?」

恥ずかしさを含ませた声で、澄ました顔をして問いかけられる。

わざと、うーん、と答えをはぐらかす。

落ち着かないそぶりで、染めたことのない長い黒髪を揺らしてベッドの縁に腰をかける彼女は小学5年生。

好きな人くらいいた事があるし、何年か前に聞いたような気がするけれど、忘れてしまった。

「あーちゃんはすきな人いるの?」

「…いない」

「バスケで精一杯かぁ」

授業の後に、彼女はバスケの練習や試合をこなしている。体力づくりに、よく家の周りを走ったりもしている。

家の事も手伝うようだし、宿題だってあるわけで、まあ、恋どころではないか、となんとなく感じる。

田舎は狭苦しく、子供の人数も少ない。

その代わりにみんな純粋で、年相応に幼いのだ。

彼女は、私の姉のことは、名前におねぇちゃんを付けて呼ぶのに

私のことは、きみ、と呼ぶ。

姉に会うのは年に数回だけれど、痩せていておしゃれな姉は彼女にとってはとてもお姉さんに見えるのだと思う。

私はおしゃれをしないし、家にいることの方が多くかわいくない太った女で、家が向かいなのでいつでも会える、よく遊んでくれるといったあたり、特別感もない、身近な友達という風に見られている。

目と頭が冴えてきて、気づく。明らかに彼女に元気がない。

騒がずにいられない、動いているのが性に合ってる彼女がやけに静かだ。

目元は普通なので泣いた様子ではないけれど、何を言おうか少し悩む。

「今日お母さんは?」

「しごとー」

「ふーん」

「バスケは?」

「おわったー」

「ふーん。なにかする?今日休みだから」

さらさらと髪を撫でると、彼女も私の髪を撫でた。私の行動を嫌がらない時点で、もう、元気がない証拠になっている。

免許も親の許可もないので、どこかに連れて行くわけにはいかない。

いつもだったら公園に行きたいという彼女は、「折り紙か、お菓子作りがいい」と言った。

「ん。折り紙にしようか。家から持ってき。着替えとくから」

手に触る。おおきくなったな。でも私よりまだ小さくて細い。彼女の手を少しだけ撫でて背中を見送って、服を脱いだ。

私は親ではない。でも私が17歳の時に、叔母さんが生んだ彼女の事を、ずっと見てきている。

希望に満ちているとは、こういうことなのだな、と感覚的に捉えられる。穢れなく目標に向かって走るこの子が、私はとても好きだ。

私には埋められない物もあるけど、私だから埋められる彼女の心の隙間もある。

読みきらなければいけない漫画を諦めて、リビングに向かった。

しばらくして折り紙を持ってリビングに入ってきた彼女は、少しだけ泣いていた。

 

 

 

濃いまつげを見て、思わず触りたくなる。

触っていいかとたずねると、良いよと言ってもらえたので、頬に触れる。

乳白色の湯を通したように白くすべすべの肌は瑞々しいわけでも乾燥しているようでもなく、私の乾いた指先で傷つけてしまうんじゃと不安になる。

「ほっぺた冷えてるね」

唇をむにむにと動かして「う」と答える生き物のそばから一歩下がって、私は、はぁー、と息をついた。

赤ちゃんは、神聖だ。二十歳そこそこの時、友人の出産見舞いに行き、泣きそうになったのを覚えている。

力尽きてよぼよぼの友人と、たくさんの赤ちゃんが並んでいるのをガラス越しに見て、あの子、と指をさして教えてもらった。

ベッドにそっと寝かせながら「ルルルは、家族作らないの?」と友人が言う。

「いやー、勇気ないなぁ、人生変わるし、子供は可愛いだろうし」

答えながらガーゼに包まれた子を見て、不思議な気持ちになる。

「きっと、思ってるほど大したことじゃないよ。親になっても、この子の人生はこの子のものだから」

そうかぁ、とつぶやく。

どんな子に育とうが、良くも悪くもこの子はこの子で、教育に成功も失敗もきっとない。

自分の願いを込めながら育てていく。愛をかけて、エゴをぶつけて、反省して、喜んで、毎日を繰り返して、育っていく。でも、物事が起こった時に選ぶのは、常に、この子自身だ。私たちがそうであったように。

五体満足で、視力も聴力も奪われることなく、自力で呼吸が出来ている事は、とても幸せなことで。

病気にならないとは限らない。事故に合わないとも限らない。いくつになっても、可能性は明るいだけのものではない。

たくさんの奇跡の積み重ねで生きていけるのだから、より明るい方へ向かえますようにと曇りなく思える。

「お花、ありがとうね」

持ってきたお花を食卓に置いてくれた。

花束の中でも、しっかりとしたバラが三本、目に留まった。

これからより花びらが広がっていくであろうバラの花も、少しだけ愛おしくなった。