なんでも良しとしとくれよ。

そういうことです。

時間をめぐる冒険

不必要な記憶が脳から消えそうな時、人はその記憶に関わる人間の夢を見ると聞いたことがある。毎日画面を通して見ているからか、先日はしみけんさんが夢に出てきた。内容は忘れてしまったけれど、久しぶりに夢を見たことと、夢に人間が登場したことに驚いた。その夢の中では他にもう一人、どこかで見たことがある女性が私の頭を撫でてくれていた。

 

7時44分。人の少ない小さな駅についたら雨が降っていた。傘をさそうとして、ひとりの女性が目にとまった。

彼女が私より先に改札を通って歩いていくのを私は見ていた。ふたたび目にした今、カバンを弄って傘を探している様子なのが、背中の丸まった後ろ姿からもう分かった。

「あの、傘ないんですか?」と尋ねてみたら

「あっ…そうなんですぅ」と返事が返ってきて。

「よかったら、どうぞ」とオドオドしながらビニール傘を差し出した。

「えっ、あっ、いえいえ」

「私、折りたたみ傘もあるんで。。。このやっすい奴でよければ…」と微笑んでみる。

「じゃあ、お言葉に甘えて…」と受け取ってくれた。

カバンに入れたままにしておいた、黒い男物の傘をさして、私は職場へ向かった。

 

私は自分がどんな人間なのか、よく分かっていない。

27年間自分として生きているのに、おそらく何も分かっていない。

知らない女性が困っている時、傘を渡せる。

たまに会うだけのおばさんとふたりぼっちでも、熱中症になりそうでも、仲良く仕事ができる。

会ったことのない人間にも胸をときめかせることができる。

胸がキュンとしたことのあるAV男優の出ているAVは、興奮はするけど刺激にならない。

 

19時44分。私はひとりでフラペチーノを飲んでいた。仕事が終わった後、病院の検査結果を見直して落ち込んでいた。

特別美味しくもない、さほど不味くもない、どうしてこの飲み物が、この値段なのか?

普段考えないことがふいに頭をよぎって苛立ってきたので、テーブルを拭いてから席を立ち歩き出した。

妙に足が重く感じ、ゆったりと駅構内を歩いていたら、後ろから小さい声で呼び止められた。

返事をせずに振り向くと、どこかでみたことのある顔で、急に右耳の上が痛んだ。

「このあいだ、傘貸してくださいましたよね」

乾いて綺麗に整えられたビニール傘を差し出され、ああ、と思い出す。今朝わたしの頭を撫でてくれてたのは、この人だ。

「あっ!そうです!●●駅ですよね?覚えてたんですね!?」と言いながら受け取ると、一度遠慮したものの実際はすごくその時助かったようで、何度も何度もお礼を告げられた。

 

返ってくることのない傘だと思っていたので、わたしは少しだけ不思議な気持ちでホームへの階段を降りた。

例えば、同じ日に夢に出たふたり。彼女と、AV男優のしみけんさん。私の人生において必要な人間は、どちらなのだろう、と考えていた。

彼女は直接私と対面し、言葉を交わし、物を貸し借りして、多分もう会うことはない。

しみけんさんは画面越しに姿を一方的に見て、ツイッターで言葉を読み、一回だけお返事をもらって、やんわりと知識をもらっていて、多分自然には会えることがない。

ふたりは違う形で私の人生に関わっていて

今までに関わった人みんなが、きっと私の人生には必要だった人で

そう思う私がいれば、きっとそう思わない誰かもいて、良い悪いも正しい正しくないも判断されることはないのだろうけれど

私は相手を言い訳にせず生きていられてるのかな、と思った。おそらく、出来ていない。

他人の一言に傷付いたり、反応したりするのは、なにも人脈が多くたくさんの言葉を浴びせられる人間に限ったことではなくて

通りすがりに聞こえた言葉が胸に刺さることも、真摯に向き合ってくれている人の言葉が耳に入らないことも、当たり前にあることだと、私は、昔から受け入れていた。

私の言葉が届かないのは何故だろうと、ずっと悩んでいたことがあったけれど

やっと理解できたと思う。私の伝え方や、気持ちの問題じゃない。相手が受け入れようとしない限り、それは決して届かないものなのだということ。

 

あらゆることに興味津々な顔をして、頷きながらメモを取る女を目の前にして

『これは、芝居だな』と感じていた。

純粋でひたむきだなんて、私は思わない。

私は、これでも女なので、女の計算ごとには、きちんと敏感であり

優しさもあるので、それをわざわざつついたり、その女に惹かれる男に警告はしない。

こんなに欲望が渦巻いている中で、食事をしたくないなと思いながら

19時44分。居酒屋で私は痛くなってきたお尻をなでていた。