読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なんでも良しとしとくれよ。

そういうことです。

生きていくことに関するはなし

私は自分の人生において明確なビジョンを持ったことがない。

夢を、特別には持たなかった。

なんとなく浮かぶものを、夢として持とうと思えば持てたけれど、叶えるのが家庭的に難しいと分かっていたので、途中で捨てるくらいならと、持つことをしなかった。

進路指導で親と話す時、高校に行きたいかを確認された。それは、行きたいと言って欲しくない表情だったのを今でも鮮明に覚えている。

私は、家庭においては勤めて明るくしていた。笑ってもらえるならいくらでも作り話をする子どもだった。

そしてそれを良いことだと信じて疑わなかった。

お金がないと生活は成り立たない。働かない父親と、見て見ぬ振りをする親戚、母親に色目をつかう義父、なんとかしてくれと毎日仏壇に長く祈る祖母。

父が目に見えておかしくなった頃には、私はもうそれなりに、人が人に対してどういう感情を抱いているのか分かる年齢だったし、女はマセるのが早い。読書や、同級生より教師が好きだったから、余計にだと思う。

控えめに「高校には行きたいな」と言ったが、無理なんだろうな、と思い勉強することをやめた。私は狭い世界で生きており、もし働き出すのであれば、私に勉強は必要ない、と偏った考え方をした。

その分の時間を、クラスメイトや教師(人間)の観察や、人への気配り、いじめられっ子の救済、押し付けられる学級委員の仕事にあてた。

高校に行かせてもらえることになった頃には、勉強は手遅れになっていた。

家から近く学力の低い学校を選んだおかげで、素行が良かった私は推薦枠を貰えた。

せっかく行かせてもらった高校で、勉強をしないわけにはいかない、と、必死に勉強をしだしたのは高校に入ってからだった。

でも、生きていて、強く思うのは、おそらく人生において明確なビジョンは必要ないんだな、ということだった。

 

私は、特別になりたいわけじゃない。

お金持ちにも、貧乏にも、玉の輿に乗りたいわけでも、日本から出たいわけでも、名声が欲しいわけでも、ない。

普通でいたくて、普通になりたい。

普通が、難しいと思うこともある。

普通なんて、そもそも、ものすごくそうなれる確率が低い。

必ず、結婚できないーとか、子供ができないーとか、病気になっちゃったーとか

夫が働かないーとか、子供が犯罪者にーとか、余命宣告されたーとか

絶対絶対なにかしらの出来事が、生きていく以上は降りかかってきて

良いことも悪いことも、それを回避することはできないのだと思う。

おそらく、それも普通の一部で。

私が欲しい普通は、多分普通なんかじゃなく、幸せなのだと思うんだけど。

でも分かりやすい贅沢をしたいわけではない、突出した希望がない私には、特別なビジョンは必要ない、と今は思っている。

それを立てたところで、自分ではどうしようもない波にさらわれる事だってあるのだから

揺るがない地盤を固めていくことの方が、先を夢見るよりよほど大切で

それが多分、地道だけど一番確実でもあるんだろうなと思う。

 

受け入れがたいものは、もう、受け入れないで生きていこうかな、と、思い始めている。